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42歳の誕生日に、届いたのはクーポンだけだった
42歳の誕生日は、平日でした。
仕事を定時で切り上げて、コンビニで弁当と缶ビールを買って帰って、テレビをつけたまま食べ終えた。ふとスマホが光ったので見てみると、通販サイトからの「お誕生日クーポン」でした。その日、僕におめでとうと言ったのは、人間ではなくアルゴリズムだけでした。
別に、悲劇の夜ではありません。前の年もその前の年も、似たような誕生日でした。違ったのはひとつ。風呂上がりに洗面所の鏡を見て、「この誕生日を、あと何回繰り返すんだろう」と考えてしまったことです。
試しに52歳の誕生日を想像してみました。簡単に想像できました。同じコンビニ、同じような弁当、同じ部屋。今日と何ひとつ変わらないのだから、想像力は要りません。そして、その想像のどこを探しても、自分以外の人間がいなかった。
結婚したくなかったわけではないんです。「そのうち」と言い続けて、気づけば15年経っていました。20代の終わりに恋人と別れて、仕事が忙しくなって、30代が終わって。「そのうち」という言葉は、いつからか口に出すのも気恥ずかしいものになっていました。
この記事は、その僕が婚活を始めた日の話です。ノウハウはほぼ書きません。代わりに、「動けない」という状態がどういう部品でできていたのか、そしてそれがどう壊れたのかを、できるだけ正直に書きます。深夜にこの記事へたどり着いたあなたは、たぶん、あの頃の僕と同じ布団の中にいると思うからです。
「どうせ無理」を分解したら、3つの部品でできていた
動けなかった15年を後から振り返ると、僕を布団に縫い付けていたものの正体は、だいたい3つに分かれます。
部品1:プライド ——「婚活する」と認めたくない
婚活をするというのは、「自然な出会いでは結婚できませんでした」と認めることだ。当時の僕は、どこかでそう考えていました。恋愛市場での敗北宣言に思えたんです。社内結婚していく後輩を横目に見ながら、「僕はああいう場に頼らなくても」という顔をして生きていました。
いま思えば、滑稽です。「頼らなくても」の先には、何の予定も入っていなかったのだから。あのプライドが守っていたのは僕の尊厳ではなく、ただの現状維持でした。
部品2:恐怖 —— 行動すると、言い訳が死ぬ
一番大きかったのはこれです。
「やっていないだけ」という状態は、実はものすごく居心地がいい。やっていないだけなのだから、本気を出せば結婚くらいできるはず。この「はず」は、行動しない限り絶対に反証されません。永久に無敗でいられます。
でも、もし婚活を始めて、それでもダメだったら? そのときは「やってもダメだった自分」と正面から向き合うことになります。挑戦しない人間の胸の内には、たいていこの計算が入っている。僕は15年間、「試合に出なければ負けない」を選び続けていました。
部品3:無知 —— 何から始めるのか、本当に知らなかった
笑われそうですが、本当のことなので書きます。婚活パーティーとマッチングアプリと結婚相談所が、それぞれ何がどう違うのか。いくらかかるのか。42歳の男が行って浮かないのか。僕は何ひとつ知りませんでした。そして、誰にも聞けないまま、「調べる」という行為すら先送りにしていました。
知らないから怖い。怖いから調べない。調べないから知らないまま。この循環には出口がありません。外から誰かが壊してくれることも、ありません。
あの夜に崩れたのは「どうせ無理」ではなく「まだ大丈夫」だった
誤解のないように書いておくと、誕生日の夜、僕は固い決意なんてしていません。「よし、婚活するぞ」という熱は、最後まで湧いてきませんでした。
起きたのは、もっと静かなことです。
「本気を出せばできるはず」の「はず」を、あと10年寝かせたらどうなるか、うっかり計算してしまったんです。42歳の「はず」は、まだ検証できます。市場もぎりぎり残っています。でも52歳の「はず」は? たぶん、検証する気力のほうが先になくなっている。
夢は、締切を計算した瞬間に宿題に変わります。あの夜崩れたのは「どうせ無理」ではありませんでした。「まだ大丈夫」のほうでした。
最初の一歩は、しょぼくていい
翌週、僕が取った行動は、結婚相談所への入会——ではありません。婚活パーティーの予約でした。それも「40代中心」と書かれた、参加費数千円の回をひとつだけ。
パーティーを選んだ理由は立派なものではないです。一番匿名性が高くて、一回で終われるから。入会手続きもないし、カウンセラーに人生を聞かれることもない。数千円払って、ダメなら二度と行かなければいい。決意でも覚悟でもなく、逃げ道を完備した、我ながらしょぼい一歩でした。
それでも、予約ボタンを押した夜のことは、いまでもはっきり覚えています。
押した瞬間、現実は1ミリも変わっていません。彼女ができたわけでも、結婚が近づいたわけでもない。なのに、布団に入ったとき、呼吸が少しだけ楽になっていました。15年ぶりに「動いていない自分」をやめられたからだと思います。
人はたぶん、結果が出たときではなく、言い訳をやめたときに、まず楽になるんです。
その一歩の先にあったもの —— 18ヶ月のダイジェスト
先に白状しておくと、「その最初のパーティーで運命の人に出会いました」という話にはなりません。現実はもっと不格好でした。
パーティーには結局12回参加して、カップリング3回、デートにつながったのは1回。並行して始めたマッチングアプリは、6ヶ月でマッチ8人、実際に会えたのは2人。ここまでで約8万円と半年以上を使って、正直、何度も凹みました。「ほら見ろ、やっぱり無理じゃないか」という声が、何度も頭の中で再生されました。
それでも「試合に出ない」に戻る気には、なぜかなれませんでした。一度言い訳を捨てた人間は、案外しぶといのです。
僕は戦う場所を結婚相談所に移しました。そこから13ヶ月、お見合いの申込み約120件、成立15回、仮交際5人。そして最後の1人に、プロポーズをしました。受けてもらえました。いまは婚約中で、相談所は成婚退会しています。
誕生日にクーポンしか届かなかった男の18ヶ月後としては、上出来すぎる結果だと思っています。
タイムマシンがあったら、あの夜の自分に言うこと
もし戻れるなら、予約ボタンの前で指を止めている42歳の僕に、これだけ言います。
「その一歩はしょぼくていいから、早く押せ」
始めてからも、うまくいかない時期は長くありました。断られ、返信が途絶え、理由の分からない交際終了も食らいました。それでも「始めなければよかった」と思った日は、18ヶ月で一日もありません。
婚約者と出会えたのは結婚相談所です。でも、あの夜の計算がなければパーティーを予約していないし、パーティーで消耗しなければ相談所に移っていません。しょぼい一歩は、ちゃんと最後の一歩まで一本の線でつながっていました。
いま布団の中でこれを読んでいるあなたへ
今夜、固い決意をする必要はありません。僕もしませんでした。熱意も要りません。どうせ3日で冷めます。
代わりに、ひとつだけ計算してみてください。「本気を出せばできるはず」の検証期限は、いつですか。その締切が思ったより近かったら、逃げ道つきのしょぼい一歩を、ひとつだけ選んでください。パーティーの予約でも、相談所の資料請求でも、このブログの別の記事を読むことでも構いません。
動いていない自分をやめた夜は、思ったより呼吸が楽になります。それだけは、経験者として保証します。
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婚活開始日に決めること
勢いだけで始めるより、期限と使える資源を決めると続きます。
- いつまでに結婚したいかを書く
- 週に使える時間と月予算を決める
- 最初に試す方法を一つ選ぶ
補足:1か月後の見直し日をカレンダーへ入れ、結果ではなく行動量を確認します。


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